目が覚めたら、知らない場所に居た。
そんな酔っ払いみたいな話、彼はまさか自分の身に起こるなんて思いもしなかっただろう。というより、誰がそんなことを予期出来るのだろう。
冷たい雨の雫が頬を濡らす。彼はその刺激的な冷たさに目を覚ました。
「……あれ?」
一瞬彼は戸惑った。欠伸をして、目を擦って、寝惚け眼でボーッとしてみる。けれど夢から覚める訳でもなく、さっきから感じている違和感は消えてはくれなかった。
「……何処……此処……?」
雨の中、遊具の中に筈なのに。いつの間に外に居るんだろう。それに──森の中? 寄りかかっていた遊具の代わりに太い木が背中にどっしりと立っていて、座っている地面は少し湿った土に代わっている。周りには深々とした緑が映える木々が立ち並んでいた。
(……訳が分からないや……疲れたのかな、僕……)
夢うつつだった彼は、今見た全てのモノを否定するようにもう一度目を閉じた。きっと夢だ。疲れただけだ。また眠ったら元の場所に戻っているんだ──。
しかし幸か不幸か、運命は彼を眠りにはつかせてくれなかった。
「……んっ……?」
遠くから聞こえる何かの音。足音? ……いや違う。何か──ハエが羽ばたくような小さな羽音だ。それは徐々に大きくなってきた。
(……え?! そんな馬鹿な……?!)
最初、彼は自分の耳を信じなかった。遠くから聞こえてきてあの大きさだから──逆算すると、とんでもないことになる。その羽音は明らかに、大型のラジコン、いや、それ以上の大きさのモノなのだ。
本能的に身の危険を察した彼は、兎に角その場から離れなければならないと思い、すっくと立ち上がり、音とは逆の方へ走り出した。
全速力を振り絞り、走る、走る、走る──。幸い地盤はしっかりしており、ある程度の身の軽さがあれば難なく迫ってくる木をかわせた。
しかしそれ以上に追ってくる何者かが速いのだろう、迫り来る音は段々大きくなってくる。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
元々長距離走は得意だった彼も、慣れない道に苦戦し、途中何度も転びそうになった。それでも懸命に力を振り絞り、走り続けた。 だがそんな努力も空しく、遂に背後にその何者かが姿を現した。
(………え?!)
彼は目を疑った。ゆうに大きさが1mはあるだろう、2つの大きな三角錐のハリを前肢に携え、大きな赤い目玉と触角が特徴の三角顔、胴体には大きな毒針、黄色と黒の警告色に身を包んだ(6本足ではないが)ハチのような虫が羽を高速で羽ばたかせ、追って来ていたのだ。
(あれって……スピアー……?!)
何処かで見覚えがあると思ったら、明らかにポケモンのスピアーだ。再び前方を向いて走りながら考える。何故此処にポケモンが居るのか、と。ポケモンは自分の住んでいる世界には居ない、あくまで架空の生き物、存在する筈がない。けれど現に今、こうして追いかけられている。──ということは。彼は一つの結論に達した。
(僕がポケモンの世界に迷い込んだってコトだ……!)
にわかには信じ難い事実。何故自分は突然迷い込んでしまったんだろう。というより、此処は一体何処なんだ? 何故スピアーは襲ってきているんだろう? 考えれば考える程頭は混乱していく。
「スピーッ!」
背後からスピアーの鳴き声が聞こえ、彼はハッと我に返った。そうだ、今はそんなことを考えている場合じゃない。取り敢えずこれから逃げる方法を考えないと──。
そう思った彼は、木に隠れて此方からは見えない右へとっさに曲がった。スピアーも同様に曲がった。そしてすぐさま右手の叢へ飛び込んだ。
「いてっ!」
顔に何かがぶつかった。けれど今はそんなことはどうだって良い。それ以上音を立てないよう、叢の中で目を瞑り、身を潜めた。来るな、来るな、来るなっ……。
すると想いが通じたのか、スピアーは彼には気づかず、そのまま直進して何処かへと行ってしまった。羽音が遠ざかっていく──。
(……良かった……気づかなかったみたい……)
ホッとして、さっきぶつけた顔を撫でながら目を開ける。取り敢えず、これで危険は回避出来た。──が、そう思った僕が馬鹿だった、と思い知らされることになろうとは。
「……、……わっ!」
「わぁっ!」
彼は驚いて飛び退いた。何と、目の前にまた別の大きな生き物が居たのだった。