FIREの鼓動 第一部「出遭い」

第1章「予感」


「ふあぁぁ……あれ、どうしたの、こんな朝早くから」

 その日、ドンすけは、朝から妙に落ち着かない気分を感じていた。

 村一番寝起きの悪い彼なのだが、目を覚ましたのは、早朝の五時。いつもの彼からは考えられないような早起きをしてしまった。それでいて不思議と眠くない。

「何か……落ち着かなくてな」

 二つのログハウスの前で、ドンすけはそう言いながら、自分の翼の手入れを続けた。「リザードンたる者、翼は特に大切に」──その言葉を幼い頃から父親に聞かされていた影響だ。その父は、今はもう、この世には居ないのだが。

「珍しいね、何かあったの? 大会はまだまだ先だけど」

 サイホーンのホーンは眠たそうな目を片方ずつ前足で擦りながら、肩を伸ばすように地面に伸びをした。そして日課の体操を始める。──これも彼の、既に居なくなった母親からの影響だ。

 二人は既に両親を、そして兄弟をも失っていた。しかし悲しいことに、此処では同情することは出来ないのだ。何故ならこれは、何も彼らだけに限ったことでは無かったのだから。

 昔、此処は戦火の渦に巻き込まれていたのだ。──言ってみれば、近くのポケモン村同士の争い。それが終結したのが今から八年前のことだった。結局理由もはっきりしないまま終わりを告げた惨劇によって、村々のポケモンたちは多くのものを失った。それが友であり、家族だった。

 ドンすけは両親と兄、ホーンは両親と四人の弟と生き別れになった。幼い頃からの幼馴染で、親戚だった二人──ドンすけの祖父とホーンの祖母は兄弟だ──は、それから一緒に暮らすことになったのだ。まるで、お互いの穴を埋め合うかのように。

「いっち、にっ、さん、しっ」

 ホーンの体操のかけ声だけが辺りの森に染み渡る。まだ空は薄暗く、薄く長い朝陽の光だけが、幾つかまだ星の見える天球に向かって伸びていた。

「……ホーン?」

 不意に声をかけられ、ホーンは手を止める。

「何?」

「……今日、何かある。……只の俺の勘だけどな」

「……ドンすけ?」

 ホーンは不思議そうに首を傾げた。一瞬冗談かと疑ったが、彼は至って真面目そうな表情だった。

「……まぁ良い、気にしないでくれ」

「うん……?」

 彼はそう言い切ると手入れを再開する。その様子を見ていたホーンも、これ以上話を続けられないので、仕方なしに体操を再開した。



 確かに、その日は何かが起きる気がしていたのだ。




 そして、全く別の世界で。




「あーぁ、雨かぁ、ついてないなぁ……」

 さっきの世界とは打って変わって、空にはどんよりとした雲が垂れ込み、土砂降りのような夕立が地面を強く叩きつけていた。

 そんなにわか雨を避けるように、誰も居ない公園の、トンネルのような遊具の中、彼は一人でポツンと座って空を見上げていた。

 容姿からして、私服ではあったものの、彼は普通の、メガネをかけた高校生だった。

 その日は偶然午後の授業が繰り上げになり、予想もしていなかった時間に帰路についた。その帰路の途中、丁度ある公園の近くに差しかかった時、気まぐれなお天道様は突然機嫌を悪くした。生憎彼は傘などの雨具を一切所持しておらず、家までは遠く、また近くの駅も通り過ぎてしまった後だったので、仕方なしに最寄りのこの公園で雨宿りをすることにしたのだった。

「ちぇっ、天気予報が見事に外れちゃったよ、もう……」

 彼が悪態を吐くのも無理は無い。今朝のテレビの天気予報は晴れ、降水確率も10%だったのだから。

 まぁ、生きていたらいつかはこんなこともあるさ、と彼は心の中で呟いた。確かにいつも予測出来る毎日は詰まらない。そう思うことで滅入った気持ちを楽にしようと努めていた。

 ところが、10分経とうと、20分経とうと、雨は一向に止む気配を見せない。心なしか余計に激しくなってきたようにも見えた。まるで彼を、全力で帰宅させないかの如く。

「……もう良い! 寝る!」

 彼は短気なのだろう、そんな状況を見てすぐに嫌気がさしたのか空を見上げるのを止め、遊具の中に篭ってしまった。そして内壁にその身体を預けて眠り始めてしまった──。




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