「今日から実戦形式の練習を始める」
練習場に着いた矢先、キャプテンのウィンがBTメンバーたちに向かって言った。
「皆も分かっている通り、大会はもう一ヶ月後に迫っている。今まで以上に気を引き締めて貰いたい」
「但しくれぐれも無茶はするなよ」と付け加えた。「はい」とか「おぅ」とかそういった相槌がメンバーから返って来る。その内の幾つかの眼差しからは、真剣かつ鬼気迫るモノすら感じた。ガーリィはあまりの気合に圧倒された。
「第一練習場ではレギュラーと補欠三人、その他は第二・第三練習場を使ってくれ──補欠は今から発表する」
「大丈夫か?」とドンすけが声をかけてきた。「うん、ちょっと緊張してきたけどね」と笑って返してみせる。でも実際に不安の色は隠し切れなかった。そうでなくても、まだ板についていないのに。
その気持ちを察したのだろう、ドンすけは「何とかなる」と言って、しかし、それっきりだった。
「──以上だ、それでは解散」
気がつくと、いつの間にか話は終わったらしい。ドンすけに「行くぞ」と言われガーリィは慌ててついていった。
レギュラーとその補欠、計八人の集まった第一練習場。中には初めて見るメンツも居た。
まず頭に大きな葉っぱを持ったベイリーフ。聞いた話だと彼がBTの最後のレギュラーで、先鋒らしい。名前は──。
「メブキ、お前はミストとな」
「あ、はーい」
そう、メブキ。頭に白いハチマキをつけているけれど、あれは「きあいのハチマキ」なのだろうか。
次に頭や背中に大きな鰭を持ったラグラージ。右腕にリストバンドをしている。
「ユウダイはリーフと頼む」
「OK、キャプテン」
「了解だぜ」
先に返事をした、ユウダイと呼ばれたのがさっき紹介したラグラージのコトである。そして今名指しされたリーフというのは、緑色の身軽そうな身体をしたジュプトルだ。左目には傷が残っているが、あれも先の戦争でついたモノなのだろうか。
「ショウタは私に付き合ってくれ」
「え、俺キャプテンと? やった!」
その場に飛び跳ね、身体いっぱいで喜びを表現しているのはショウタ。二本足で立ち上がった青いワニのようなポケモン、ワニノコだ。此処に集まったメンバーの中では一番小さく、大きさはガーリィ程しかない。
「今日のトコロはこの組み合わせでいくが、明日以降ローテーションしていくからそのつもりで頼むぞ。──それでは各自場所を取って練習を始めてくれ」
その言葉でメンバーたちはそれぞれに散っていく。慌ててドンすけはウィンを呼び止めた。
「ちょっ、キャプテン、俺はまさか──」
「ドンすけと──か?」
ボルタもほぼ同時に問いかけた。「あぁ、お前はボルタとだ──異論あるまい?」
その場だけ、異様なまでに緊張感が高まっていた。多少の距離を置いて向かい合ったドンすけとボルタはお互いに睨み合い、一触即発の雰囲気すら漂っている。
「あのー……僕はどうすれば?」
恐る恐るガーリィが尋ねる。ドンすけは後ろ目で「下がって見てろ、危ねぇから」と返してきた。彼は黙って頷いて言われた通りにする。
ザッと一歩前へ出る。拳を握り締め、いつでも飛び出せるように構える。向こうに立つボルタもボクシングのファイティングポーズを取る。
暫くの間は、お互いの隙を狙っているのか、そのまま睨み合いが続いた。無風の中、固唾を呑んでガーリィも見守る。最早練習というコトも忘れてしまっている。この二人はBT内の最大のライバルだと言っていたが、どうやらそれは本当らしい。
──そして、横風が吹いた。
その瞬間、お互いに雄叫びを上げ、二人は飛び出した。
ボルタは一直線に此方目掛けて走ってくる。右手の拳に電気を溜めているのでバチバチと擦れるような音が鳴っている。ドンすけは身体を反らして、溜め込んだ炎を一気にぶっ放す。ボルタは高く跳躍してかわし、なおも駆けて来る。
すぐさま翼を翻し急上昇するドンすけ。飛び立つ時の風に地面が煽られ、砂埃が舞い上がって一瞬ガーリィの視界が無くなった。ゴホゴホと咳をして何とか顔を上げると、その砂埃の上にドンすけは居た。
そう思った次の瞬間、ドンすけに向かって一筋の光が飛んできた。ボルタの電撃だ。ドンすけも負けじとすんでのところでそれをかわす。そして一度宙返りをしたかと思うと、すぐさま炎を放ちながら接近していく。
また視線が地上へと戻る。ボルタは顔の前で両手をクロスさせて炎を受け止めた。と思った次の瞬間、それを振り払って急発進。飛んできたドンすけに対して電気の拳を振りかざす。
そのスピードの速いこと。ガーリィはボルタのその異常なスピードに驚かずに居られなかった。あの華奢な身体の何処からそんな脚力が生まれるのだろう。
そう思っている間も無く、ドンすけはその拳をさっきのボルタと同様に両腕をクロスさせて受け止めた。ぶつかり合った二人の間で光が生まれる。電気技は飛行タイプを持つドンすけに対して効果抜群。大丈夫なのだろうか。
すると再び上昇するドンすけ。「心配なんか要らねぇ」と言わんばかりに雄叫びを上げ、再度ボルタに向かって炎を放つ。真上から急襲されては仕方が無い──ボルタはバッとその場から飛び退いた。
さっきまでボルタが居た地面が焼け焦げて黒くなる。気合が入っている所為か、いつも以上に炎の温度が上がっている気がする。現に尻尾の炎は普段よりも大きく燃え上がっていた。
そしてまた二人は接近し、ぶつかり合う。それが何度となく繰り返される。
(は……早い──)
今までの練習は何だったのか。いつもとは桁違いのスピードを見せ付けられ、ガーリィはそれを目で追うので精一杯だった。
そして同時に彼は焦りを感じ始めていた。──このまま終わって良いのか。何も収穫出来ないまま練習が終わっては元も子も無い。
しかし再び舞い上げられた砂埃の所為で此処からでは見えないと彼は悟る。ドンすけの激しい動きがどういう状態を意味しているのかが分からないのではどうするコトも出来ない。必死についていこうと自ら危険地帯に入った──その時だった。
「邪魔だ、どけ!」
「!?」
突然の罵声に驚いて振り向く間も無く、バチッという音と光が衝撃となってガーリィに直撃する。その衝撃に吹っ飛ばされ、宙に浮く彼の身体。
地面に叩きつけられ、一瞬目の前が真っ暗になる。すぐには身動きが取れなかった。
「お、おい! 大丈夫か!?」
慌ててドンすけが降り立つ。ガーリィはようやく身体を起こした。「……いっ……たぁ」
身体のあちこちがズキズキと悲鳴を上げていた。電撃で直接喰らったダメージと、地面に叩きつけられたダメージが一緒になって、何がどうなっているんだか分かりもしなかった。その内目の前の世界が暗くなって、そして──。
「ボルタ、危ねぇじゃねぇか!」
すぐさまドンすけはキッとボルタの方を睨み付ける。しかし当のボルタは何でもなかったかのような素振りを見せて言う。
「邪魔をしたのはそっちだろう、文句を言われる筋合いは無い」
「! てめぇ!」
その言葉でカッとなった彼は瞬時に炎を彼女に向かって放った。しかし届くか届かないかの瞬間、ボルタはバッと跳躍してその炎を避けてしまう。そして着地するなりドンすけを挑発するような素振りを見せる。
また頭に来たドンすけ、今度は身体を逸らせて溜めを作ってから炎を吐き出した。さっきよりも速く、直線的に向かっていく炎。今度こそ当たるとその場に居る誰もが思ったその時だった。
不意に何者かがとてつもない速さでやって来て、ボルタに当たる直前にその炎を受け止めた。普通なら全身火傷、大怪我だ。
「──?! キャプテン?!」
思わずドンすけは叫んだ。受け止めたのはそう、BTの大将である、キャプテンのウィンだった。彼がすぐさま頭を振ると、全身に纏った炎は一瞬にして吸い込まれるようにして消え失せた。特性の「もらいび」、炎技は彼には効かないのだ。
「ったく、二人とも落ち着け」
少し冷めた目で二人を順に見やる。「お前たちは問題を起こさずには居られないのか? 少しは仲間意識を持って欲しいが」
フン、と鼻息を荒くしてボルタが言う。「私は唯、技を放っただけだ」
「てめぇ!」と言ってドンすけが飛び掛ろうとしたところをウィンは威圧的な態度で制した。
「ドンすけ、お前の言うコトも分かる──が、確かに悪かったのはガーリィだ」
怪我をしたガーリィの元へと静かに歩み寄る。「サポーターとはいえ、自ら危険地帯に入ったんだ、仕方あるまい」
「そんな、キャプテン──」グッと堪え、悔しそうに口元を歪めるドンすけ。ウィンは倒れているガーリィの様子を伺うと、振り返って彼に告げた。
「兎に角、まずは診療所に連れて行け、──気絶している」
ドンすけは驚いた。「え、マジっすか?」
──彼は既に戦闘不能だった。
「すんません、誰か居ないっすかー?」
そう言いながらコンコンと戸を叩くと、中から一匹の小さな四足獣が現れた。
「あらドンすけ、こんな時間に珍しいわね」
全身が暖かな赤い毛で包まれ、胸元と尻尾、そして頭にはそれとは対照的なベージュの毛が生え、顔の両脇から長い耳が後ろへと伸びていて、彼を見上げるその目は何処までも黒く透き通っている。種族名は、ブースター。ペンダントが光る胸元の毛は若干少ないように見える。
「あ、フィオラさん、コイツ──」
そう言って両手に抱えているガーリィを示す。すると一瞬ハッとした表情を顔に浮かべ、すぐさま戸を大きく開けて招き入れる。
「どうぞ、治療室の方に運んで」
「サンキュっす」
言われるがままにドンすけは診療所の奥へと入っていく。そしてある部屋に入ると、また別の獣が居た。
「……あ、ドンすけさん」
先程のブースターと同じようなナリをしているが、決定的に違うのは体表が水色に包まれていることで、尻尾の先は魚の尾鰭のような形をしており、首にシャンプーハットのような襟巻きがあり、耳と頭の上の突起がこれまた魚の鰭のような形をしている。種族名は、シャワーズ。
「あぁ、ミズホか」
「……その子が、怪我したんですか?」
「あぁ」ドンすけは頷いた。「ボルタの電撃を食らって気絶しちまった」
気絶したガーリィを白いベッドの上に寝かせると、後ろからフィオラが追いついた。
「見たトコロ擦り傷だけみたいね」
見れば、いつの間にか白衣を着ている。「ミズホ、傷薬と消毒液をちょうだい」
「あ、はい」
すると彼女は、沢山仕舞ってある棚からそれらをサッと両の前足で取り、一度地面に置いて四つ足に戻ってバランスを整えてから、また持ち上げてベッドの上に置いた。四つ足のポケモンたちがこのような場面で活躍するには不可欠な動作。いつもながら手馴れているな、とドンすけは思う。
「大したコト無いからすぐに終わるわ。──ドンすけ、其処の椅子にでも座って待っててちょうだい」
「うぃっす」
言われた通りに近くにあった椅子に腰掛け、彼女の手当ての様子をジッと見ながら、さっきのコトを思い出した。 確かにガーリィは危険地帯に入ってきた。それで攻撃が当たったというのなら悪いのはボルタではない。が、正確無比な電撃を繰り出す彼女があれ程あからさまに攻撃を外すとは考えにくかった。
──つまり、わざと当てた?
「終わったわよ」
フィオラの声でハッと我に返る。「あ、あぁ、どうもっす」
「それでコイツの傷の具合ははどうなんすか?」
尋ねると、彼女は笑って答えた。「大丈夫よ。──ちょっと掠り傷を負ってるけど」
「……そうっすか」
安堵して溜め息を漏らす。──とりあえずは良かった。
「ま、兎に角暫くは安静にしていた方が──って、あら、気持ち良く眠ってるわね」
スヤスヤと寝息を立て始めたガーリィを横目で見て、フィオラはクスッと笑った。きっと疲れも溜まっていたのだろう。
「……少し無理してたもんな、コイツ」
フンと鼻息を荒げてドンすけが言う。「なかなか皆に認めて貰えねぇ、だから必死になって余計に空回りしちまってる」
「認めて……貰えない?」フィオラはキョトンとした。
「本当のコトっすよ」
ドンすけは視線を彼女から逸らした。「大体ボルタは俺が副将だってコト自体、未だに認めようとしねぇ──だからガーリィのコトも気に食わないねぇんだ」
思わず本音が零れる。日頃から感じている痛みが、サポーターを通じて間接的に伝わってきたように感じたのだ。余程さっきのコトが悔しかったのだろう。
暫くは無言が続いた。フィオラもどう言葉をかけて良いのか分からなかったのだ。
しかし意を決したように彼女は口を開いた。
「……本当に、そうかしら?」
予想外の言葉にドンすけは驚いた。「え?」
「ライバル心を燃やしている相手のあなたならまだしも、……ガーリィ君にそれを向ける意味は無いわ」
「でも、現に」
反論しようとしたドンすけを遮ってフィオラは続けた。
「ボルタにはボルタなりの考えがあるのよ。厳しく接して、BTの大変さを知って欲しかったんじゃないかしら」
「……そう、っすか?」
突然そう言われても納得出来る筈が無い。すると彼女は「そんなコトより」と言い、棚から何かを持ってきて、後ろ足立ちでドンすけに差し出した。茶色の小瓶だ。
「はいコレ、そろそろ切れるトコロだったでしょう?」
「あぁ、痛み止めか──サンキュっす」
ドンすけがそれを受け取ると、フィオラはまた四つ足に戻った。
「他人のコトを心配する前に、自分のコトをまず何とかしなさい──まだ完治してないんでしょう?」
一瞬ギクリとドンすけの動作が止まる。「……大丈夫っすよ、最近は調子良いし」
「すぐに過信するんだから」とフィオラが溜め息を吐く。
「良い? そうやって無理ばかりして自分のケアを怠ったから、去年は失敗──」
「説教なら勘弁っす、そろそろ俺戻るんで」
そう言ってドンすけは部屋から去っていった。「ガーリィのコト、頼んだっす」
そんな言葉に半分呆れたのか、彼の姿が見えなくなった頃にフィオラが一人呟いた。「もう、自己管理が一番出来てないんだから」
クスリと笑ったのは、ミズホだった。「……フィオラさんたら」
──それから暫くして。
「あ、起きた!」
目を覚ますと、ホーンが居た。寝惚け眼で辺りを見渡す。何処かの建物の中、白いベッドの上。
「……此処は?」
「診療所だよ」ホーンは笑顔で答えた。「練習中に気を失ったって聞いたよ」
気を、失った? そういえば何をしていたんだっけ、何を──。
「……うぅん」
記憶がようやく戻ってきた。そうだ、練習中にボルタの電撃を食らって。ホーンが「大丈夫?」と様子を伺う。
するとガーリィは誰かを探すような素振りをした。
「ドンすけ──は?」
ホーンは笑った。「練習に戻ったよ」という呆気ない返答にガーリィは安堵する。その様子を見てホーンはまた笑う。
「先に自分のコト、心配しようよ? あちこち傷だらけなんだし」
起き上がろうとして、すっかりそのことを忘れていたのを思い出す。そしてようやく、傷が痛み出した。
「いてて」全く、どういう身体しているんだろう、と一瞬呆れた。
「ほら、無理しちゃ駄目。大人しくしてた方が良いよ」
言われるがままに再び寝かされる。ガーリィはハァ、と溜め息を吐く。
「──ボルタに当てられたんだって?」
心配そうに此方を見つめてくる。「うん、まぁ」
「大変だね、キャプテンもいきなり二人を当てるだなんて」
「……うん」
それ以上、何も言えなくて、何も答えられなくて──暫く沈黙が続いた。
「良く分かんないよ、ボルタのコト」
突然ガーリィが呟く。ホーンはキョトンとして彼を見るが、何処か上の空な目をして外を眺めていた。気持ちを察したホーンは「そっか」と相槌を返して同じように外を見やった。
「ボルタのコトは、実は僕もよく知らないんだ」
鼻息を漏らしながらホーンが呟いた。
「あの戦争の後にファイア村にやって来たし、その時から今の感じだったもの」
「へぇ──じゃあ元々は違う村の?」
「うん」とホーンは頷いた。
「けれどその"戦争の後"ってのは、色々村のポケモンの出入りが激しかったんだ。だからボルタに限ったコトじゃないよ」
「……成る程ね」
其処まで聞いていてハッとした。そういえば、戦争のコトなんか話してて大丈夫なんだっけ。一瞬不安になってホーンの顔を見たが、どうやら問題無さそうだ。きっと"後"の話だからなのだろう。
「ファイア村の半分ぐらいは余所からの集まりじゃないかな」
そんな心配をよそに彼は話を続けていた。
「……そんなコトより、大丈夫? さっきの怪我」
不安そうな目で此方を見てくる。ガーリィが「うん、手当てして貰ったし」と言って笑顔を見せた。──本当はまだ、少し痛むんだけど。
「初めて電撃を食らったから驚いたけどね」
「どんな感じだった?」
「何かこう、全身にピリピリしたモノが走ったっていうか──不思議な感覚だったよ」
ハハッと苦笑しながらその時の感触を思い出していた。何処かの誰かさんは、毎回アレを喰らって空に飛ばされているんだよな、と彼は思う。少し信じられないけれど。
「でも生きていられるんだね、僕ずっと、電撃なんて喰らったら死んじゃうんじゃないかって思ってた」
「そうなの?」
「うん──って、あ、ホーンは喰らうコト無いんだっけ」
サイホーンは地面・岩タイプ。電気技は効果が無いとされているから羨ましい。
そして同時に、この辺が自分の世界とのギャップなんだろうなと彼は思う。恐らくポケモンには色々な攻撃に対する耐性があるのだろう。そうでなければそもそもバトルが成立しないことになる。
「でも本気なんか出していないだろうね」
「もしそうだったら間違いなくこんな傷じゃ済まなかったよ、特にガーリィなら」とホーンは付け加えた。あれで本気じゃないんだ。顔が笑っていないところを見ると本当なのだろう。思わず背中に寒気が走った。
「……僕、そんなトコでサポーターなんか出来るかなぁ」
「うーん」とホーンが唸る。
「きっと何とかなるよ、君なら」
「……根拠は?」
「無いけど、そんな気がするんだ」
自信満々に鼻息を荒くしてホーンは言った。頼りにして良いんだか、悪いんだか。
でもそんなコトはこの際どうでも良かった。唯そう勇気付けてくれただけで、何だか嬉しくなる。
「ありがとう、ホーン。……頑張ってみる」
ヘヘッ、と彼は笑った。「どういたしまして」
窓の外から爽やかな風が入ってくる。まだまだ始まったばかりだもの。
──九月の終わりのことだった。