FIREの鼓動 第二部「トラウマ」

第11章「無意識で」


「もう大丈夫よ、ガーリィ君」

 ベッドの上のガーリィの怪我の具合を診ていたブースターのフィオラが、ニッコリと笑顔で言った。

「一応だけど、痺れとかは無いかしら?」

「いいや、全然無いです──昨日はそりゃあ、大変だったけど」

 苦笑いしてヒョイとベッドから床に飛び降りる。「もうこんなですし」

 「その調子なら大丈夫そうね」とフィオラも言う。窓から差し込む光がいつの間にか高くなった気がする。

 シャワーズのミズホが部屋に入ってきて「送ります」と言ってくれたので、ガーリィはフィオラに礼を言い、部屋を後にした。

「あのー……ミズホさん?」

 診療所の外を出ようとした時、ガーリィは前を行くミズホを呼び止めた。彼女は一瞬ドキリとすると、ぎこちない表情で此方を振り返った。

「えぇと、何か?」

「一つ聞いておきたかったんですけど」

 ガーリィはやや遠慮がちに訊ねた。「ミズホさんとフィオラさんって、姉妹なの?」

 するとミズホはクスリと笑った。「そう、見えるんですか?」

「まぁ……何となく。違うんですか?」

「実の姉妹じゃないですけど、私は姉のように慕ってるんです」

 ガーリィは笑った。「道理で仲が良さそうに見えたんだ」

「フィオラさんは優しい方です」

 クルリと背を向け、入口のドアの方を向く。「元々私を拾ってくれたのはフィオラさんですし、一緒に診療所をやろうって言ってくれたのもフィオラさんなんですよ」

「へぇ……」

 そういえば、今診療所に居るのはこの二人だけだ。

「二人だけで大丈夫なんですか?」

「えぇ、今のところは」

 またガーリィの方に向き直った。「でもBTの大会が始まったら手が足りなくて──その時は他の村の方に手伝って貰うんですけどね」

 バトルを終えたポケモンたちが、その傷を癒しに此処に来る──そんな光景を思い浮かべると、成る程、やっぱり大変そうだ。

「さ、ドンすけさんたちが待っていますよ」

 ミズホは後ろ足で立ち上がり、ガチャリとドアを開けた。「今頃は、練習中でしょうね」




 視界に入るや否や色々な掛け声が聞こえてくる程に、練習場は活気付いていた。手前のフィールドでは十数匹のポケモンたちが思い思いに練習をしながら犇めき合っている。あちらで水が放射されているかと思うと、此方では炎を放っていたりと、色鮮やかな風景が其処にあった。昨日から始まった実戦練習の為か、其処にドンすけたちレギュラー陣の姿は無い。

 それより更に奥に行くと、ようやく本格的なフィールド練習になる。レギュラーと準レギュラーの計八匹によるレギュラー陣の練習だ。

 まず初めにユウダイとショウタ。ラグラージとワニノコ、水タイプ同士の戦いだ。ユウダイがパワフルに"ハイドロポンプ"を放ったかと思うと、それを小さなナリを生かしてちょこまかとショウタがかわしていく。そしてそのまま"れいとうビーム"を放ち返し、命中。が、すぐさまその隙を狙ってユウダイは思い切り地面を全身を使って揺らす──"じしん"だ。

「わわっ!」

 不意を衝かれたショウタはバランスを崩して転倒、しかし「何の」と言わんばかりに立ち上がって体勢を立て直すと、バッと上へ跳躍した──高い。下から見上げたユウダイからは丁度日光の方向なのか、一度顔を上げてすぐさま右手で光を遮った。その間にショウタはユウダイの身体二つ分程の高さから前方に回転し、その勢いで蹴りを叩き込む。

「くっ……!」

 蹴りはまともには入らなかったが、不意を突かれたのでユウダイは一瞬怯んだ。ショウタはタッと地面に着地すると、体勢を整え素早く"みずでっぽう"を放った。技の繋げ方が上手いと感心せざるを得ない。

 と、その時だった。

「そりゃあぁぁっ!」

 ユウダイは怯みを振り払うかのように雄叫びを上げると、その一直線に飛んで来た水鉄砲を右の掌で返した。そしてそのままショウタに向かって走っていき、腕を振りかざす──"アームハンマー"だ。

「来たあぁぁっ?!」

 思わず叫んだショウタだったが、技を放ったばかりの為に思うようにかわせず、見事命中。何ともパワフルな戦い方だ。

 大丈夫かな、と心配そうに見ていたガーリィだったが、その後すぐさまショウタが起き上がったのを見つめて安心する。あれ位タフでなければこの世界ではやっていけないのかもしれない、と思わざるを得なかった。

 その後もバトルは続いていく。ガーリィはまた奥の方へと歩いていった。




 次に見つけたのはメブキとリーフ。草タイプ同士のバトルが行われていた。見ると、リーフの"リーフブレード"をメブキがツルで押さえ、応戦しているところだ。

 暫くの間、そのままお互い引かずに力の押し合いが続いていた。パワーは互角といったところだろうか。

「……ちっ!」

 待ちきれなくなったのか、バッとリーフが後ろへ跳ね飛んだ。そしてすかさず、その身軽なジュプトルの身体を最大限に生かし、メブキの周囲をグルグルと走り出す。その動きは先のショウタとは比べ物にならない速さだ。──どうやらかく乱する作戦に出たようだ。

(……あっ)

 どうするんだろう、と思った矢先、メブキが動いた。

「え───い!」

 その自慢の、ベイリーフのツルを自分の左右両方に思い切り伸ばしたかと思うと、すぐさま身体を豪快に捻り、二本のツルを長く伸ばしたままぶん回した。走っていた軌道上にツルが飛んできたのでリーフは避けるしかなく、当たる前に空中へとジャンプした。

「其処だぁ!」

 メブキは叫ぶと、宙に浮いたリーフをキッと見つめたまま、無数の葉っぱのようなモノを放った。リーフは避ける暇も無く、腕を交差させ防御する。それらは次々と意思があるが如く命中した──成る程、必ず命中する"マジカルリーフ"だ。

 しかしリーフも黙っては居なかった。メブキの攻撃が途切れた瞬間、即座に地面に着地し、またジャンプすると、メブキに飛び掛った。

「おりゃあぁぁっ!」

 拳を振りかざしたと思うと、いつの間にかそれは電気を帯び、パチパチと音が鳴った──考える間も無く、メブキの横っ腹にクリーンヒット。

「ぐっ……!」

 ──何処かで見たコトがある技だと思ったら、そうだ、ボルタだ。あれは"かみなりパンチ"! これを覚えているジュプトルは滅多に居ないと聞いた気がする。だとすると、あれはもしかして……?

 そんなコトを考えている間にもバトルは進んでいた。

 さっきの攻撃で怯んだメブキの隙を衝き、リーフが"リーフブレード"を次々と叩き込んでいく。一方のメブキはその攻撃を耐え忍ぶのみ。見ている此方からは一方的な展開に見えた、が──。

(……?!)

 突然何の前触れも無く、リーフの片膝がガクリと地面についた。同時に攻撃も止まり、その場でメブキに片手をつくように寄りかかる。そして当のリーフは苦しそうに息を荒げている。一瞬何が起こったのか分からなかった。

「でえぇーい!」

 メブキはその隙を逃さなかった。ツルで彼の身体を持ち上げて遠くへ投げ飛ばす。成す術も無くリーフは地面に叩きつけられた。

「ぐっ! ……」

 ヨロヨロと立ち上がるリーフ、が、やはりこれ以上は無理らしい。メブキはそれを確認すると、バトル場の脇に置いてあった何かを彼に向かって投げた。

「だから言ったじゃん、僕に近距離攻撃仕掛けるのは無茶だって」

 パシッと受け取り、すぐにそれを口にするリーフ。見れば桃色の木の実、モモンの実だ。毒を打ち消す効果を持つ木の実、それはつまり──。

「……それでもやんねぇと攻撃させて貰えねぇだろ」

 見る間に苦しそうな表情がリーフから消えていく。どうやら彼は"どく"状態になっていたらしい。

「リーフさぁ、やっぱり遠距離攻撃が少ないんだからもっと速さを生かせば? さっきみたいのじゃ"どくのこな"浴びるだけだし」

「キャプテン方式か? でも俺の場合見切られちまうだろ」

「あー、自信無いの? 折角褒めてあげてるのに」

「お前に褒められても嬉しくねぇんだよ」

 成る程、さっきの接近戦の時にメブキが密かに"どくのこな"を繰り出していたのだ。傍から見ていても気付けない程、メブキの戦い方は巧妙だった、という訳だ。流石はレギュラー、といったところだろう。

「兎に角さぁ、もうちょっと落ち着こうよ? いつも焦って失敗するんだし」

「余計なお世話だ、その位分かってる」

「分かってないじゃん、いつも僕の忠告聞かないんだから」

「それよりお前も無茶だぜアレは」

 いがみ合っているように見えて結構仲良く話している二人。いつもこうなのかな、と思いつつ、そろそろドンすけたちが気になってくる。ガーリィは更に奥に進んでいった。




 次の場所にようやくドンすけが居た。が、バトルはしていない。ミストと一緒に休んでいる最中だった。

「あれ、もう終わっちゃった?」

 走り寄っていくと、二人が此方に気付いた。

「ついさっきな。──それよかお前ぇ、もう大丈夫なのか?」

「うん、フィオラさんのお墨付き」

 大丈夫だと言わんばかりにタタッと走ってみせる。「ついでだから向こうのバトル見てきたよ」

「そりゃ良かった」

 グルゥと喉を鳴らし安心した表情を見せるドンすけ。何だかんだ言っても心配だったらしい。

「大事に至らなかっただけ幸いだな」

 隣でミストが言う。「加減しているとはいえ、その姿になってまだ間もないのだから、何も起こらないとも言えないからな」

 そうだよなぁ、とつくづく思う。アレで加減したと言われても、此方から言わせて貰えば説得力が無い。

「──ところで二人のはどうだったの?」

「何がだ?」

「バトル。勝ったとか負けたとか」

 するとドンすけは笑って言った。

「残念ながら、俺らはこんな時に無茶出来ねぇんだ。ある程度でやめたさ」

 ガーリィはキョトンとした。「あれ、昨日と矛盾してない?」

 ドンすけはギョッとし、はぐらかすように頭を掻いた。「いや、昨日はその、……な?」

「ライバルって怖いんだね」

 ハハッと苦笑するガーリィ。「メブキとリーフもそういった感じなの?」

「まぁ、そんなトコロだろうな。……どうしてた?」

「傍から見たら無茶してたよ、どっちも」

 先程見たバトルのことを二人に話す。するとミストは心配そうに言った。

「……怪我、しなければ良いんだが」

 その時のミストは一瞬真顔に見えた。此方の視線に気がつくとすぐにまた穏やかな表情になり、「ドンすけもだぞ」と付け加える。

「それよりガーリィ、此処まで来たついでで悪いんだが、ウィンたちを呼んできてはくれないか? もうそろそろ終わる時間だから」

「あ、うん、分かった」

 ガーリィはそのままその場を後にした。

 向かった先は練習場の一番奥、レギュラー以外のメンバーたちが居たところからは随分離れていた。

 バトルをしている二人を見つけ、駆け出そうとしたその時、何があったのか、彼の足が途中でピタリと止まる。

(あれ……?)

 見ると、次の場所の観戦スペースに、既に誰かが居た。近づいていくと、何処かで見たようなポケモン、あれはまるで──。

「あぁ! ボルタさんしっかり!」

 頭には黒の帽子、首からはショルダーバッグをぶら下げ、左脚に腕章を身に着け、其処に四つ足で立っていたのは──間違いなくガーディだ。この村にもう一匹ガーディが居るなんて聞いていなかった。

「其処っ! それっ! ……あぁ!」

 甲高い声で応援している姿は、まるでスポーツを観戦している人間のようだ。時々耳が痛くなる。

「……あのー」

 ガーリィは歩いていって声をかけてみる。するとそのガーディは応援をピタリと止め、此方を向いた。二人の目が合う。そしてお互い目をパチクリさせて呆然とした。少しの間が空い てからそのガーディが思い出したように言う。

「あっ、もしかして新入りの! ……えっと、名前は」

「ガーリィって言うんだ。……ところで君は?」

「うちはユウリ──ガーディのユウリ、宜しく!」

 その子は元気良く笑顔で答えてくれた。「嬉しいなぁ、この村ガーディうち一人だけだったから」

 「僕も──」と言いかけ、ふと気がついた。──もしかしてこの子、♀? 何故かは知らないが、途端にそのことが気になり始め、言葉が出なくなる。

「……なぁにボケーッとしてるの? 大丈夫?」

 ハッとして正気を取り戻し、「あ、うん、まぁ」と答えにならない返事をする。自分でも良く分からないが、何か変な気分だった。まともに顔も上げられないのだ。

「……って、あぁ!」

 ユウリがいきなり叫んだ。顔を上げて見ると、丁度バトルが終了していた。立っていたのはウィン、その傍で倒れていたのはボルタの方だった。

「やだ、ボルタさーん!」

 慌てて走っていくユウリの後ろ姿をボーッと視線で追いかけた。しかし、やっぱり焦点が合わない。

(……どうしちゃったんだろう、僕)

 フルフルと首を振るガーリィ。いつもとは違う自分がどうにも滑稽に思えて仕方が無い。大体──。

「……いつも済まないな」

 ユウリがバッグから取り出した木の実を口にするボルタ。あれはオボンの実、体力を回復する木の実だ。

「ボルタさん惜しかったよ、後もう少しなんだけどなぁ」

「……ウィン相手だとなかなかそうもいかないな」

 ドンすけに対してはあれだけ敵対心を向けていたボルタだったが、今日は素直に敗北を認めている。見ていなかったので分からないが、キャプテンというのはそれ程の力を持っているのだろうか。

 そんな様子を遠巻きに見つつ、ガーリィはまたボケーッとしていた。

「? どうしたガーリィ、ボケッとして?」

「……あ、キャプテン」

 気がつけば隣にウィンが居た。

「怪我は治ったようだが」

 ガーリィの全身を見回してから言う。「──精神的な疲れか?」

 するとガーリィは一息吐いてから言った。

「ユウリさんって、キャプテンの妹さんですか?」

 突然の質問に呆気に取られたウィン。「いや、私じゃなくてショウタの妹だが──それに『さん』付けは少々聞き苦しいな」

「え、どういうコトですか?」

「ユウリは十五歳だ、お前の一つ下だぞ?」

 思わずガーリィはキョトンとした。

「えぇ? てっきり年上かと──」

 ウィンは首を傾げてガーリィを見る。

「……大丈夫か? 顔が赤いぞ?」

「えぇぇ?」

 言われた通り、ガーリィの顔は真っ赤だった。

 ──やっぱりまだ、ベッドで寝ていた方が良かったのだろうか。




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