FIREの鼓動 第二部「トラウマ」

第12章「夜の宴」


 ほとぼりも冷めたその日の夜のこと。

 「今日は泊まっていけよ」というドンすけとホーンの誘いで、ガーリィはまだ村の中に居た。どうやら今夜、月に一度の夕食会が広場であるのでそれに参加しろということらしい。まだBTを除く村人たちとは距離を感じていたので気が進まなかったが、彼は二つ返事で承諾した。もしかするとそれを少しでも解消出来るかもしれないという淡い期待もあったのだ。

 それにもう一つ、昼間に出会った彼女に会いたいという気持ちもあった。特別感情云々は別として──無論否定は出来ないが──やはり同じ種族だから、が理由の一つだ。自分はガーディとしてはまだ半人前、どんな風に過ごすのが自然なのか、暗中模索していた中での一筋の光のように思えた。ウインディであるキャプテンに聞くのも良いだろうが、色々な意味でも現役の方が良いのだ。きっとそうなんだ。彼は自分にそう言い聞かせていた。

「もう少ししたら始まると思うよ」

 しきりに窓の外を気にしていたガーリィに向かって、ホーンは言った。

「始まるって、何か合図でもあるの?」

「うん、でもまぁ、待ってたら分かるよ」

 ホーンは笑顔で答えた。ドンすけによれば、ホーンはとても大食いなのだとか。それでこの夕食会は月に一度の楽しみとなっているらしい。──それにしてもどれ程の量を食べるのだろう?

 外は既に真っ暗で、村のあちこちに設置されている街頭の他には灯りは無い。昏々と眠る森の頭上には、この世のものかと思う程の星空が見えた。しかし不思議とその暗闇に恐怖は感じない。この世界の自然が神聖だからか、ガーディが本来夜行性であるかは、ハッキリとは分からないが。

 それから暫く経った後、不意に外から何かが聞こえてきた。

「……? 何だろう?」

 旋律のついた、何処までも伸びていく優しい音色。笛のような楽器を使っているのか、時折甲高い音が空に向かって響いていた。

「あ、用意が出来たって合図だよ!」

 ホーンは嬉しそうに言った。「行こう!」




 広場は既に村の住人たちで埋め尽くされ、ガヤガヤと騒がしかった。

「遅いぞ二人とも!」

 先に来ていたドンすけが、二人の姿を見つけて歩いてきた。

「ゴメンゴメン、ちょっと時間かかっちゃって」

「あぁ、まだ始まってねぇから安心しろよ」

「そうみたいだね、良かったぁ」

 見ると、広場のあちこちに木で出来たテーブルと切り株の椅子が乱雑に置かれていた。テーブルは大きな円状になっており、一つに四人分の席があった。サイズは──ドンすけが普通に座れて、ホーンが居ても邪魔にならない程度、と言えば余裕があることは分かるだろうか。もうほとんどの席が埋まっており、広場中央で炎を上げているキャンプファイアの周りしか空きは無かった。

「ねぇ、何で真ん中が空いてるの?」

 「あぁ、そのコトか」ドンすけは頷いた。

「簡単なコトだ、キャンプファイアで周りが暑いだろ? だから熱に弱い連中は座れねぇ、炎や岩・地面タイプの特等席になるんだ」

「あ、そっか」

 思わず納得する。「まるで僕らの為にあるみたいだね」

 三人はとりあえず一緒に座りたかったので、空いていたテーブルに揃ってついた。

 と、丁度そのタイミングで誰かがやって来た。

「あのー、此処、良いっスか?」

 ふとした声に気付いて顔を上げると、濃い藍色の背中にクリーム色の腹、三角形の小さな耳のある顔は何処かネズミに近いようで──炎ポケモンのバクフーンが目の前に立っていた。

「お、ウェインか。珍しいな」

「良いよ僕は!」

「ありがとっス」

 ホーンが快諾し、ウェインと呼ばれたそのバクフーンはガーリィの対面に腰を下ろす。そしてすぐさま見慣れない存在に気付き、ハッとした表情を浮かべた。

「あ、もしかして最近来たっていう新入りさんっスか?」

 ガーリィは頷いた。「ガーリィです、ウェインさん──でしたっけ?」

「もう覚えてくれたんスか? 嬉しいっスねぇ」

 ハハハ、とウェインは笑った。「宜しくっス、ガーリィさん」

 「此方こそ」と言葉を返した時、広場に大きな声が響き渡った。広場の中央のキャンプファイアの傍に置かれていた台の上に一匹──薄紫色の猿のような身体の、長い尻尾が特徴の──エイパムが乗った。

「えーと、それじゃあ皆さーん!」

 広場全体に通った高めの声が響き渡る。「今日も僕らが一生懸命作りましたんで、どうぞ大切に召し上がって下さーい! 残すのは駄目ですよー? それでは、いただきまーす!」

 それに合わせ村人が一斉に「いただきます」と言って食べ始めた。




「そういえばウェイン、今日は子どもたちの面倒見てなくても良いのか?」

 食べ始めた矢先、ドンすけはウェインに向かってそんなことを尋ねた。

「心配ないっスよ、二人が見てくれてるっスから──ほら」

 彼が向いた先、広場のある一角を見ると、其処では比較的小さなポケモンたちが仲良く集まってワイワイと食事を楽しんでいた。そしてあっちこっちに走り回る子を追いかけて悪戦苦闘しているのは、BTのショウタ。赤ん坊を大事そうに抱えて食べさせてあげているのは、BTのユウダイ。二人とも食事どころではなかったが、それなりに楽しんでいるようにも見えた。

「『今日ぐらいは一人でゆっくりしてろよ』って言われたんスけど、……何だか落ち着かないっスね」

 ウェインはそう言って苦笑する。

「えぇと、ウェインさんって保母さんなの?」

 質問したガーリィにも優しく答えた。「保"母"さんじゃないっスけど、まぁ、そんなトコロっスねぇ」

「そうそう、親の居ねぇ子どもとか引き取って面倒見てんだ、コイツ」

「へぇ……」

 "親の居ない"という言葉をすんなりと言われたので、彼は内心驚いた。そっか、それが此処の"普通"なんだ。

「でも大変じゃないんですか? 毎日あんなに沢山の子ども見て」

「もうとっくに慣れたっスよ」

 当然のようにウェインは言った。「皆もう、家族みたいなモンだし、それに俺がこの村で出来るコトって言ったら、こんなコトぐらいしかねぇっスから」

 そして口に木の実の甘露漬けを手に取って頬張る。「あ、コレ旨いっスよ? どうっスか?」

「それじゃお言葉に甘えて」

 器に置いてあったスプーンを上手く使って取り、口に入れる。黄色い実。酸っぱいような甘いような、不思議な味がした。

「……何だろコレ」

 咀嚼しながらうーんと考える。するとホーンが答えた。

「それ、ウブの実じゃない? 甘酸っぱいから割と食べ易いと思うけど」

「あぁ、成る程」

 納得しながら次のを取る。今度はピンク色だ。「これなんかもっと甘そうなんだけどなぁ」

「あ、それ──」

 ホーンが言おうとした時にはもう遅く、口の中に放り込んでいた後だった。

「……! 苦っ! 酸っぱ!」

 ゲホゲホと咽るガーリィ。「言わんこっちゃねぇ」とドンすけが笑った。

「今のはゴスの実だ、……なかなか大人の味なんだぜ?」

「それを先に言ってよ」

 咽ていたら涙が出てきた。甘露漬けで甘みまで含まれているのだ。口の中が妙な重奏を奏でていて何とも言えなかった。




 食事も済み、村人たちも大体が家へと戻っていった、そんな時だった。

「あぁ、美味しかった! やっぱり良いね、夕食会は」

 満足そうに笑顔を浮かべるホーン。残りの三人はとっくの前に食べ終わっていたが、ずっと彼一人を待っていたのだ。

「本当に食べるんだねぇ、驚いたよ」

 ガーリィが感嘆符を漏らす。彼は他のテーブルの余りも次々と食べていって、結局のところ何人分を食べたのか数え切れない程の器の山が出来上がっていた。少なく見積もっても十人前はある。

「これでも遠慮してる方なんだぜ、こいつ」

 ドンすけが苦笑いして言う。これで遠慮って、一体どれ程の大食いなのやら。

「よく食べてよく寝てるから健康に育つんスよ」

 ウェインも微笑しながら言う。「さて、それじゃそろそろ家に戻るっスね」

 「それじゃまた」と挨拶を交わし、ウェインを見送ると、ドンすけも立ち上がった。

「んじゃ帰っぞ」

「うん」

 頷いて帰ろうとした時だった。

「あ、ちょっと待って!」

 三人を呼び止めたのはさっきのエイパム。何かの食べ物を載せた器を持っていた。

「どうしたルド? ──あ、もしかして」

 ドンすけが言うや否や、ルドと呼ばれたエイパムはニッコリ笑って頷いた。

「また新作料理作ったんだけど、どうかなって」

 「えっ」とガーリィは戸惑った。さっきまで食べていて、もうお腹がいっぱいだっていうのに。

 ところがホーンはそうでもなかった。

「あ、良いの? また貰っちゃうよ?」

「その為に持って来たんだもの、お願い、ホーンさん」

 やれやれまだ食べるんだ、と思いながら二人の様子を見守る。当の料理はと言えば、パイのような形をしていて、それでいて何だか複雑な匂いが立ち込めていた。色なんか表面は狐色だけどよく見れば青やら赤やらが混じっている。

(……食べられるの? あれ……)

 人間の時より敏感な所為か、匂いに鼻がひん曲がりそうになる。どう考えても食べられるモノじゃない。そんな心配をよそにホーンは当然の如くパクリと食べる。しっかり咀嚼して、普通に飲み込む。果たして平気なのか。

「……うーん、少し甘過ぎるかなぁ。なかなか良い感じなんだけど」

「本当? 分かった、もうちょっと甘さを抑えて──かぁ」

 え、甘さとかそういうレベルの話? そう思うが、当たり前のように話している二人に聞ける筈がない。唖然としていたら、ドンすけがこっそり耳打ちしてきた。

『……実はな、ルドの新作料理って失敗作が多くてよ』

『ありゃ……ホーンは大丈夫なの?』

『あいつの腹と味覚は底無しだからな、相当なモノでもない食わない限り壊さねぇんだ。……でも見たら分かんだろ?』

『……まぁ』

 ホーンにしか出来ない芸当。きっとそういうことなんだろう。いや、そう納得しよう。そう思わざるを得なかった。

「あ、其処の二人も食べる?」

 突然ルドが明るい笑顔で声をかける。二人ともギョッとしてその場に凍りついた。

「……あ、もう腹いっぱいになっちまったし」

「えっと、僕も。……初めての夕食会だったし、……ねぇ?」

 ギクシャクした態度に首を傾げるルド。「遠慮なんかしなくても良いんだけどなぁ。……良いの?」

「え、いや、あの」

 断りかねていると迫ってくる匂い。……ああ、ゴメン、もう我慢出来ないんだ!

「良い!」

 二人がその場を走り去ったのは言うまでもない。




 ドンすけとホーン、二人の家の前で。

「あぁ、殺されるかと思った」

 ゼェゼェ息を荒げるガーリィ。流石のドンすけも汗を掻いている。

「……マトモな料理も作れんだけどな、新しいのを作るのはてんで駄目でよ」

 そしてこうも付け加えた。「でもな、……本人の前でそのコトは言うなよ?」

「どうして?」

「あいつ、食べ物を残されんのが一番嫌いでな……だから、もしホーンが居なかったら、夕食会自体成り立たなくなっちまうんだ」

 「あ、そっか」ガーリィは頷いた。「夕食会の料理って、ルドが作ってるんだもんね」

「一人じゃないけどな」

 呼吸を落ち着かせるドンすけ。「ま、でも普通の料理自体は旨いからよ、大目に見てやってくれ」

「うん、分かった」

 胸を撫で下ろし、ホッと一息を吐く。すると突然眠気が襲ってきた。

「……ドンすけ、今日は君のトコに泊めてくれないかなぁ」

「良いけど……もう眠いのか?」

 「うん」彼は頷いた。

「お腹いっぱいだし、……疲れちゃったよ」

「仕方ねぇな、後でホーンにも言っとくぜ」

「それじゃお休みー……」

 先に家に入っていくガーリィだった。




 その晩、ガーリィは突然目を覚ました。

(……そういえばあの子、会えなかったなぁ……)

 思い出すは昼間のガーディ。名前は何て言ったっけ。……そうだ、ユウリだ。

(……何で気になるんだろう、……変な僕)

 窓の外を見やると、夜空に月がポッカリと浮かんでいた。月明かりで家の中が照らし出されて輪郭が少しだけ見える。

 自分が何故、会うコトを期待していたのか。そんなことを考えれば考える程に、首を振る回数が増えていく。

(……まさか、……ねぇ……)

 溜め息を吐くガーリィ。何故だかドキドキし始めて眠れない。

(……あぁ、……もう、何でだろう……何でも良いや……)

 何か納得の行かない自分に腹を立てつつ、その夜彼は何度も寝返りをうつことになった──。




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