FIREの鼓動 第二部「トラウマ」

第13章「余所者」


 夕食会のあった日から二日後のこと。

「……へ、家?」

 今日は現実世界は休み。正午を回ったばかりの頃、ウィンがある話を持ち出した。

「いつまでも二人の家に居候する訳にもいかないし、そろそろ必要になってくるだろう?」

「あ、まぁ……」

 現実味を帯びていない話にガーリィは曖昧な声を返す。

「丁度村大工が出張から帰ってきたらしいからな、頼んで貰うと良い」

「あ、えっと──」

 答えるのに戸惑っていると、ウィンが、要らないのか、と訊いてくる。

「いや、そういうんじゃなくて」

 頭の中のモヤモヤを掻き消そうと、彼は尋ねた。「良いんですか? 僕なんかが家を持っても」

 すると、何を言っているんだ、とウィンは当然のように言う。

「お前は契約を結んだ時から村の住人として認められている、何も問題あるまい?」

 “村の住人”──二つの世界を掛け持ちしている自分が、そんなハッキリした位置づけを貰っても良いものかと彼は思ったが、すぐにそれは問題ではないと気付く。単にそのままでは不便だから、というのが理由なのだ。二つ返事で承諾すると、彼は村の外れにある、その大工の家へと向かった。 




 その家に向かう道の途中、彼はその大工の姿を想像していた。

 名前はヴァルカン。種族はドサイドンとかいうらしい。

 ドサイドンなんて聞いたコトが無い名前だな、でもヴァルカンなんて名前を持つぐらいだから強そうだ──と思う。

 後で知ったことだが、当時彼はドサイドンという種族を知る筈が無かったのだ。そしてそれが、シンオウ地方で発見された種族であることも。実は彼の世界での「伝説上語られる」ポケモンの中に、そのような種族は「まだ」存在しなかったからなのだ。それを知るのは、彼の世界で発表される、この時から一年以上後のことだ。だから彼にとっては、本当の意味での「未知との遭遇」だったのだ。

 それ程時間も経たず、目的の家の前までやって来た。

「えっと……此処?」

 随分大きな家だ。村の中で見るどんな家よりも大きい。何もかもが超越した大きさだ。ドアの高さは優に三メートルを超えている。今のガーディの姿なら尚更その巨大さを実感出来るのだ。

 圧倒されながらも、ひとまず戸を叩いてみることにした。

「すいません、ヴァルカンさん、居ますかー?」

 ところが返事は無い。変だな、と思いつつももう一度戸を叩く。

「もしもーし、もしかして居ませんかー?」

 その時だった。ズン、ズン、という地響きと共に何かが背後からやって来るのを感じ、彼はハッとして振り返った。すると其処には太い丸太を肩に担いだ巨大なポケモンが、此方を見て立ち止まっていた。

「んぁ? お前ぇさん──見かけねぇ顔でぃ?」

 灰色の堅固な身体を持ち、赤い防具のようなモノを胴や肩、頭なんかを覆い、鼻先の角はドリルのように前を向き、三本指の両腕に、太い尻尾の先には岩石のように丸く大きな塊があるポケモン──だ。今でこそドサイドンという言葉を口に出来るが、当時の彼には全く記憶に無い。高さは彼の三、四倍──二メートル半はあるだろう。そんな巨人が此方を見てキョトンと固まっていた。

「あ、えっと、僕はガーリィです。キャプテンの紹介で、家を作って欲しいんですが──」

 少々ぎこちない挨拶になる。が、相手はそんなことは気にもしていない様子で、

「あぁ、お前ぇさんけぃ? 新しく村に来た奴ってのぁ」

と言い、家の隣に丸太を置いた。そしてすぐに彼を手招いた。

「兎に角、中入ってけよ。茶でも一服──なぁ?」

「あっ、はい」

 言われるがまま、巨人の後について家へと入っていった。




「うわぁ──」

 思わず感嘆符が漏れる。中には大きな机があって、その上にはタンスか何かを作っていたのだろう、木屑や指金なんかが至るところに散乱していた。壁には精巧に書かれた図面が沢山貼ってあり、そしてこれまた大きな鋸が三本立て掛けられている。

「さ、その辺でも座んな」

 指示された藁の絨毯の上に腰をストンと下ろす。待ての姿勢で待っていると、大工は温かいお茶を持ってきてくれた。前足で受け取り、ふぅふぅと覚ましてからズズズと飲む。

「本当に人間みてぇだな、お前ぇさん」

 その様子を見ていた大工が苦笑する。「大抵、茶なんか飲みたがんねぇだろう? 四つ足の連中ぁ」

「あっ、えぇ、まぁ」

 それにキャプテンはコップじゃなくて受け皿に入れて飲むんだっけ。そう思っても、そんな習慣が無いのだから当然出来る筈も無い。

「ヴァルカンさんは……もう何年大工を?」

 フム、と考えて彼は言った。「かれこれ三十年ぐれぇぁ経つなぁ」

「三十年?」

「あぁ、若ぇ頃に街に繰り出して、人間様のトコロで修行したんでぃ。それから独り立ちさせて貰って、そん時から数えたらそん位ぇは経つなぁ」

 へぇ、とガーリィは感心したような顔をする。

「あれ、でも人間と関わっても良いんですか? 掟があるんじゃ」

 すると「違ぇ違ぇ」とヴァルカンは首を振った。

「あくまで掟ぁ『主従関係を結ぶこと』を禁じてんだけよ、それに第一、俺の若ぇ頃はそんな輩ぁザラに居たんだぜぃ?」

「え、他にもお仲間が居たんですか?」

 ヴァルカンは苦笑しながら言った。「まぁな、つっても、ほとんどは戦争で死んじまったがな」

 つまりはその中の生き残りなのだろう。恐らく村の住人達が重宝しているのもその所為なのだ。

 同時に一つ分かったことがあった。初めて来た時から思っていた、「何故この村には、人間の文明の利器があるのか」という疑問。昔は人間との交流もあったのだ。それなら全て合点がいく。ポケベルも電灯も家具も、全部人間たちから貰った、或いは受け継いだモノないし技術なのだ。

「ところでお前ぇさん、何処に家を立てんでぃ?」

「えっと、ドンすけとホーンの家の隣に」

「村の入口か……まぁ妥当なトコだろうぜぃ」

 「ちょいと待ってくれぃ」と言い、ヴァルカンは机の上に置いてあった白い模造紙と筆記用具を持ってきた。

「……で、具体的にどういう感じにしてぇんだ?」

「具体的に?」

 突然尋ねられ、うーんと考え込むガーリィ。

「やっぱり暖炉は外せないし……窓は南向きのが一つあれば」

 フムフムと聞きながら図面を書いていくヴァルカン。

「あ、そうだ」

 思いついたようにガーリィは言った。「屋根裏部屋って、作れますか?」

「屋根裏部屋ぁ?」

 大工は肩透かしを食らったような顔をした。「あぁ……作れねぇコトはねぇが」

「実は……憧れなんです」

 嬉しそうに尻尾を振って言う。その様子を見たヴァルカンは、ハハッと高らかに笑った。

「そんなこたぁ言ってきたのはお前ぇさんが初めてでぃ、……よっしゃ、一ヶ月位ぇかかっけど大ぇ丈夫けぃ?」

「あっ、ありがとうございます!」

 そう頭を下げた時、コンコンと家の戸を叩く音が聞こえてきた。

「失礼します」

 一匹のヒトカゲが入口でお辞儀をして入ってきた。「ヴァルカンさん、今年分の書類を持ってきました」

「おぅ、ブレイか。悪ぃな」

 ヴァルカンに書類を手渡すと、ブレイと呼ばれたそのヒトカゲはガーリィに気付いて振り向いた。

「あ、お客さんが居たんですか! すいません!」

 慌てて謝るブレイ。良く見ると左腕に腕章のようなモノを着けている。

「えっ、いやっ──あ、確か、練習場に居た」

 ブレイはキョトンとし、ハッとした。「あ、もしかして、ドンすけさんのサポーターの」




「へぇ、それじゃ、ブレイ君ってマネージャーなんだ?」

 ブレイは苦笑しながら答えた。

「本当はBTのメンバーですけど、まだまだ実力が無いですし。だからユウリさんのお手伝いをさせて貰ってるんです」

 あ、そういえばユウリもマネージャーなんだっけ。一瞬顔が脳裏をよぎる。思い出せばあの時、ボルタの世話をしていたような気がする。マネージャーだからだったのだろう。

「……それにしても、安心しました」

 ガーリィを見ながら彼は安堵の溜め息を吐いた。

「は? 何が?」

 キョトンとするガーリィ。

「ガーリィさん、意外と話し易いんですね。……皆が避けてたからてっきり」

「えっ」

 彼は驚いた。別に僕は何もしていないのに、いつの間にそんなことになっていたんだろう。あの時の雰囲気のまま──根拠の無いモノを引き摺っているのかと思うと、彼は胸が痛んだ。

「おいブレイ、こいつぁ何かの間違いじゃねぇのけぃ?」

 そんな気持ちを余所に、書類を見ていたヴァルカンが疑問符をブレイにぶつける。

「ハウスの増設なんて、特に柱が腐っちまった訳でもねぇだろ? どういうつもりでぃ?」

「あ、それは──何だか今年はチーム数が増えるらしくて」

「チーム数が増えるってぃ?」

 素っ頓狂な声を上げて彼は驚いた。「てやんでぃ、村が増えるってぃ訳でもねぇのに! ……でも、しゃあねぇ、やるっきゃねぇなぁ」

「すいません、お願いします」

 渋々承諾するヴァルカンに向かってペコリと頭を下げるブレイ。何の話をしているんだろう、と彼は思ったが、言葉を飲み込み、休んでいた体勢から立ち上がった。

「えっと、それじゃ、そろそろお邪魔みたいなんで」

「あぁ、帰るのけぃ? ならBTの皆に宜しく言っといつくれぃ」

 挨拶を交わし、外に出ようと入り口の戸を開けた時だった。

「あ、雨──」

 いつの間にか先程垂れ込めていた雲から雨が降り始めていた。ポツリポツリと弱かったそれは、次第にポッポッとテンポを速め、ザーという音に変わるのにはほとんど時間がかからなかった。

「ヴァルカンさん、夕立が来ちゃったみたいです」

「夕立ぃ? 本当けぃ?」

 濡れる前に戸を閉め、隣の窓から外を眺めていたガーリィが言う。それで気付いたのか、ブレイも窓に寄ってきてその様子を確認する。

「暫く駄目みたいですね、この調子じゃ」

 同じように見ていたヴァルカンはフンと鼻息を漏らして呟いた。

「多分少し経ちゃあ止むと思うぜぃ、雨宿りしてから帰ぇんな」




「ところで何でぃ、村にぁもう、慣れたのけぃ?」

 図面の続きを書いていたヴァルカンが、不意にそんなことを訊いてきた。

「……いや、少しだけ、ですけど」

 けど、の後に続く言葉なんて無いのは分かっていたが、そう言わないと立場が無いような気がしていた。さっきのブレイの言葉が全てを物語っているのだと彼は思う。勝手な思い込みかもしれないが。

 複雑そうな顔をして俯いていると、のそのそと大きな影が迫ってくるのに気がついた。驚いて顔を上げると、にこやかな表情を浮かべたヴァルカンが居た。

「余所者にゃ冷てぇ風が吹くもんでぃ」

 ポン、と彼の頭をその大きな手で優しく撫でる。彼は不意を突かれたような顔をして呆然としていた。

「初めて村に来た時ぁなぁ、俺もそんな感じだったんだぜぃ?」

「ヴァルカンさん──も?」

 巨人は唯頷いた。「……けどなぁ、一つだけぁ言えるぜぃ」

 彼の頭を撫でるのを止め、穏やかな表情になって言った。

「自分で勝手に壁を作っちまったらお終ぇだからな」

 ──壁? そう問いかけると、ヴァルカンはまた優しそうな顔をして頷いた。堅物のような顔のつくりでこんなにも良い表情が出来るものかと、一瞬思う程だった。

 そしてまた、彼は作業へと戻っていく。

(……壁……)

 ガーリィは、その場に立ち尽くして自問自答を繰り返していた。




 更に暫く経った頃。

「あれ、あの光──」

 外を見ていたブレイが何か外で光るモノを見つけて言う。ガーリィも見ると、紅い、そして黄色い光が遠くで動いているのが分かった。あれって──。

「ドンすけ? どうしてまたこんな時に……?」

 外は相変わらずの土砂降りだ。そんな中、尻尾の炎が消えてしまうかもしれないリスクを犯してまで外に出ている理由が、果たしてあるのだろうか。

「すいません、ちょっと出てきます」

「あぁ、気ぃつけな」

「えっと、ブレイ君は──」

 ブレイは「後から行きます」と答えた。ヒトカゲは尻尾の炎が消えると死んでしまうとか言われている種族。例えそれが事実とは違っていても、リザードン以上に危険なことには変わりは無いのだろう。彼は家を飛び出した。

「ドンすけー! どうかしたのー?」

 ずぶ濡れになりながら雨の中を走っていくと、やっぱりドンすけだった。傘代わりになるようなモノを何一つ持っていない。此方に気がつくと慌てて駆け寄ってきた。こんな雨でも尻尾の炎は煌々と燃え上がっている──流石はリザードン、というべきか。

「ガーリィ! 探したんだぜ、ヴァルカンさんトコに行ってたのか!」

「探した……って、何で?」

 するとドンすけは慌てた様子で矢継ぎ早にこう言った。

「メブキが──メブキが大怪我したらしいんだ!」

「えぇ?!」

 ザーという雨音が、二人の声を掻き消そうとしていた。




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−第二部「トラウマ」 完−