FIREの鼓動 第一部「出遭い」

第4章「目覚めた小さな炎」


 村へと急いで飛びながら、リザードンのドンすけは考えていた。何故スピアーたちは村を襲うのか、と。正直理由が見当たらなかった。彼らはずっと森に住んでいた。今の今までそんなことなど無かったのに。何故今更──?

 しかしそれ以上考えている余裕など無い。村の入口手前に降り立つと、すぐさま背中に乗せていた人間を降ろして叫んだ。

「何処か隠れてろ! 其処ら辺の茂みでも何処でも良い!」

「えっ、あっ」

「早くしろ!」

 いきなりで慌てた彼に怒鳴りつける。彼が近くの茂みに飛び込んだのを確認すると、再度低空飛行で村の中へと飛んでいく。

「……なっ」

 ドンすけは中で静止し、辺りの惨状を目の当たりにした。所構わず襲い来るスピアーたち。逃げ惑う子供や、必死で立ち向かう者も──。

 その時、背後から何かがドタドタ走ってくる音がした。

「ドンすけー!」

 さっきのサイホーン、ホーンだ。息を切らしながら走り寄ってきた──どうやら今着いたようだ。

「……やべぇぞ、やっぱり奴ら、見境無ぇ」

 2人はスピアーたちの様子を遠くから眺めた。彼らは我を忘れて襲ってきている、情けも容赦もあったものではない。まさにドンすけが案じた通りだった。

「どうするの、ドンすけ──?」

 心配そうな顔をしてホーンが聞く。それに反応してホーンの方を見ようとした時、向こうで小さな子どものポケモン──ヒトカゲが、今まさに襲われようとしているのが目に入った。

「ちっ、決まってんだろ、助けねぇと!」

 すぐさま彼はヒトカゲを襲っているスピアーに向かって飛んでいき、火炎放射を放つ。更にそのまま右拳で殴りつける。スピアーは吹っ飛ばされ、近くの木に叩きつけられた。

「……、大丈夫か?」

 振り返ってそのヒトカゲを見る。子どもは涙を流して怯えた様子で此方を見つめ返してくる。

「……っ、ひっく、……ドンすけ兄ちゃん、……怖いよぉ」

「大丈夫だ、すぐに俺らが何とかすっから。……な?」

「……うん」

 ドンすけはそう言って宥めると、そのヒトカゲを両手で抱え、すぐさま何処かへと飛んでいった。向かった先は村の中央、長老の家だ。多分皆も其処に居る。

 予想した通り、には戦えない子どもや怪我をしたポケモンたちが集まっていた。

「おぉ、ドンすけ!」

 その群集の中から声が飛んできた。長老のラプラスだ。

 ドンすけは抱きかかえていたヒトカゲを降ろすと、すぐに長老の下へ駆け寄った。

「長老、キャプテンに連絡は──」

「ちゃんと伝わっておる、安心なさい。今頃救助に向かっている筈だ」

 ドンすけはホッと胸を撫で下ろした。が、すぐに気を取り直す。 「でも、可笑しくないっすか? 奴らが襲ってくるだなんて、今までこんなコトは──」

 長老は頷いて言った。

「私にも分からん、彼らを怒らせるようなコトを誰かがしたのではないだろうか」

「……怒らせるような?」

 ドンすけは首を傾げた。 「……いや、もしかしたら理由は無いのかもしれんな」

 二転三転する長老の言葉は、自信の無さを表しているのかもしれない。それ程確信の持てない状態にあるのだろう。

「どういうコトっすか?」

「最近森の様子が可笑しいのだ、ドンすけ。……何か異変が起きていて、それを敏感に感じた彼らが訳も分からず襲ってきているのかもしれん」

「森が……?」

 瞬間村の外の方を見る、が、今はそれどころではない。

「と、兎も角、俺、行って来るっす! まだ助けられてねぇのが沢山居るみてぇっすから」

「あぁ、頼むぞ!」

 再びドンすけは飛び上がった。今は村の中では実力者である自分が動く時。自分だけ何もしないのでは何にもならないのだ。

 空の高いところから村を一望する。あちらこちらで戦闘が起きており、その中の1つにホーンも居た。丁度スピアーを追い払って幼いポケモンを助けていたところだった。

 全体の位置を把握すると再び急降下し、スピアーたちに向かって火炎放射を放つ。周りの木が燃えないようにしなければいけないから、注意が必要だ。

 次々と襲い来るスピアーたち。タイプの相性もあって、火炎放射を一発浴びせればあっさりとふっ飛んでしまう──が、数が半端ではない。油断すればその瞬間背後を狙われる。彼の精神状態は極限まで張り詰めていた。

「くっ……!」

 攻撃を耐える。また炎を放ち、倒していく。その繰り返しが幾度行われたことだろう、気がつけば全身が傷だらけになっていた。ほとんどは不意打ちを受けた時のものだった。

「ったく、いつになったら──」

 息を切らして一息吐いている時だった、突然目の前に大型の四足ポケモンが現れた。

「ドンすけ!」

「あ、キャプテン!」

 颯爽と現れたそのポケモンはドンすけの傍へと寄ってきた。オレンジ色の地に黒のラインが稲妻のように入った体毛、ふさふさした尻尾と誇らしげなたてがみを風に靡かせている。──そう、ウインディだ。

「大丈夫か──と言いたいトコロだが、やはりあれだけの数だものな」

 キャプテンと呼ばれたそのウインディはドンすけの全身に目配せをしながら言った。

「コレくらい平気っすよ、……ところでそっちは?」

「首尾良く進んでいる、ミストやボルタが向こうの残りを片付けているトコロだ」

「……っすか」

 ドンすけは一瞬ホッとした。が、すぐにハッとして思い出す。

「それより、キャプテン! まだこっちの方が片付いてな──」

 ところがウインディは、まるで彼の言うことを分かっていたかのように言葉を遮って返した。

「そのコトだが、残りは全て広場の方に集めようと思う。其処で私とお前が炎を浴びせれば手っ取り早い」

 向こうの方、普段は賑やかな広場を遠くに見据えて更に続ける。

「だから一気に掻き集める。誘導は──出来るよな?」

 ウインディはドンすけの方を振り向いて見つめた。曇りの無い、真っ直ぐな瞳。つまりそれは、信頼の証だった。

 その目を向けられたのはこれが初めてではない、その意味を知っているドンすけは、ニヤッと笑ってこう言った。

「了解っす、村の実力No.1・2で一網打尽に、っすね?」

「そういうコトだ」

 ウインディが頷いた瞬間、もう2人はそれぞれの方向へ飛び出していた。

 本気になった2人はさっきと比べ物にならないスピードでスピアーたちを惑わせ、そしてどんどんその広場の方へと寄せていく。何せこの2人が揃った時、負けたことは無い。それ程の自信があったのだ。

「もう、逃げられないぜ……?」

 遂に2人は両方向から残りのスピアーたちを追い込んでいく。どっしりと両サイドで構えた2人からは威圧感が漂い、スピアーたちの中にはそのプレッシャーに怯えている者まで居た。

「さぁ、フィニッシュだ!」

 ウインディがそう言い、ドンすけが火炎放射を放とうと口を開けた時だった。

「──!? 危ない!」

「?!」

 ウインディが叫ぶのが遅かったのか、ドンすけが気付くのが遅かったのか、突然何者かは襲い掛かってきた──それも、ドンすけの背後の叢から。

 振り向くより先に、突然現れたもう1匹のスピアーに、あの大きな針で背後を刺されてしまった。

「ぐっ?!」

 一瞬目の前がクラッとする。そしてそのまま、目まいに襲われたかのように尻餅をついてしまった。

「……っ………どく……ばり……か……」

 先程までの疲れと、不意に毒針を刺されたコトによって身体的ショックは大きかった。立ち上がるどころか、目の前がクラクラする。思わずウインディが叫んだ。

「危ない!」

「スピーッ!」

 その隙を突いて広場に集まったスピアーたちが、ドンすけに一斉に襲いかかろうと飛びかかった。

 ──その時だった。

「うわぁぁっ?!」

 突然背後の叢から、拍子の抜ける叫び声と同時にボワッと大きな炎が噴き出したのだ。

「スピッ?!」

 思わずスピアーたちが仰け反る。一瞬ドンすけは何が何だか分からなかった。反射的に振り返ると、その茂みには──驚いて仰け反っていたが──さっきの人間が居たのだ。

「?! お前ぇ──?!」

 ドンすけは驚いた。さっき村の入口で降ろした筈の人間が、いつの間にか村の中の広場に居た。──あれ程来るなと言ったのに。

「人間?!」

「馬鹿! 何で此処まで来たんだよ!」

 ドンすけは思わずウインディの言葉を遮るように罵声を飛ばした。

「ゴメン、何だか居ても立っても居られなくなって──」

 彼は申し訳無さそうにドンすけを見つめた。そのオドオドした彼の右手に、何やら赤い物があった。

「──?! ドンすけ! それは──!」

 それに気付いたウインディはハッとして叫んだ。その声と同時にドンすけも彼の手を見る。握られていたのは、見たことの無い、炎のような形をした、赤い木の実だ。

「え、あの、さっき拾ったんだ、何だか炎噴いてたけど──」

「炎を噴いた?」

 すぐに言葉を返したのはウインディ。

「あっ、うん、現にさっきだって──」

 その先を言おうとした瞬間、ドンすけは再び背後に羽音を感じた。すっかり忘れていたが、今は戦闘中だ。

「なろっ!」

 襲い掛かってきたのは1匹、何とか攻撃をかわして殴り飛ばした。しかしそれも束の間、スピアーたちはまた一斉攻撃を仕掛けてきた。

「スピーッ!」

 ウインディは思った、このままではいつかやられてしまう──と。すぐにその結論に至った彼は、思いがけず突然現れた人間へと言葉をかけた。

「投げろ! ドンすけの口に向かって、それを投げるんだ!」

「……?! あっ、うん!」

 混乱の最中、彼は突然のことに驚きながらも勢い良くそのドンすけの口に向かって投げつける。ドンすけもその言葉で振り向き、咄嗟に飛んできた木の実を飲み込んでしまった。

「むぐっ」

 急に飲み込んだことで一瞬喉が詰まる。が、スピアーたちはもう目の前まで接近している。一か八か、放つしかなかった。

「……ぅらあぁぁっ!」

 するとどういうことだろう、何と先程までとは桁違いに大きい炎がスピアーたちに向かって放たれたのだ。

「!?」

 スピアーたちは言葉を上げることも出来ず、炎に飲み込まれて完全にノックアウト。ドサドサとその場に倒れていった。

「──……、……はぁっ、はぁっ、………」

 ドンすけは全てのスピアーが戦闘不能になったのを確認すると同時にその場にペタリと尻餅をついてしまった。

 倒したん、だよな……? 安心した瞬間、力がドッと抜け、フラリとそのまま横に倒れた。目の前が真っ暗になる。自分の名前を呼ぶ声が聞こえる……。

 次にドンすけが目を覚ましたのは、真っ白なベッドの上だった。暖かなシーツの上に横に向けられて寝かされていた。

「……ん」

「あっ、やっと目が覚めた!」

「ホーン……?」

 目を開けるとホーンが笑顔で覗き込んでいた。そっか、俺、毒針にやられて──。すぐに起き上がろうとしたが、力が入らない。

「無理をするな、背中を思い切り刺されたんだ、まだ力が入らなくて当然だろう?」

「……、……つっ」

 キャプテンが背中側で、笑みを浮かべながら、彼の尻尾を触った。ドンすけは思わずくすぐったくなり、身をよじった。

「もう少しで火がつきそうだった、今ずらしておいたからな」

 どうやらドンすけの尻尾の炎がシーツに燃え移らないように、ベッドからはみ出させていたらしい。そういえば横に寝かされていたのもその所為だ。

「ところであいつは? あの人間──」

「此処に居るよ」

 頭側の方のベッドに身を乗り出したさっきの人間から、即座に答えが返ってきた。

「なっ、居て良いのか?! 村の中だろ此処は──」

「私が許可したのだ」

 驚いて飛び上がらんとする彼に、長老はゆっくり歩いてきて言った。厳密に言えば、ラプラスだから歩くというのも変なのだが。

「今までの経緯は、ホーンとこの者から全て聞いた──その上での判断だ」

「お馬鹿で間抜けで何にも考えてないってコトもね」

「えっ、いや余計だよそれ」

「嘘じゃないもーん」

 ホーンが楽しそうに笑っている。何だよ、この馴染んだ雰囲気は──? ドンすけは思わず呆然としてしまった。

「ドンすけ、この森にはよく、別世界の人間が迷い込むコトがあるのは知っておるな?」

「……まぁ」

「大半は単なる迷い人じゃ、……しかし、今まで『ファイアの実』が反応する者は居らんかった」

「普通は炎ポケモンにしか呼応しないのだがな」

 キャプテンが横から割り込んでくる。まるでよく知っているかのような口ぶりだった。

「ファイアの実はこのファイア村の近辺で僅かしか採れない、『炎の威力を上げる』貴重な実、お主は使ったコトがないから分からんだろうが──この実は使える者、認められた者にしか反応しないのだ」

 訳が分からなかった。大体そんな実があることは、今まで十六年間生きていて一度も教えられていない。兎に角あの時飲み込んだ実が、ファイアの実というモノだったんだろう。

「よく分からないっすけど、要するにあいつが反応したのは異常……?」

 ホーンと戯れている人間を傍観しながら言った。すぐさま長老は言葉を返してくる。

「異常、といっても良いものかは分からんが、……まさか人間に反応するとは思っておらんかった。ましてや全くの外部の者、……想像出来まい?」

「……はぁ」

 とりあえず言葉を飲み込む。それがあの人間を残しておく理由になるのか? まるで分からなかった。

「兎も角様子見だ、……もしかするとあの者は私たちに何らかの縁があるのかもしれん」

 やっぱり納得出来ない。いつも理詰めでくどくど説明の長い長老の言う言葉じゃない。ドンすけはそう思った。

「そんなコトで──良いんすか? 人間を村に進入させない、それは昔からの決まりだったんじゃ?」

「ドンすけ、お主は何も感じぬのか?」

「はっ?」

 突然妙なことを言われてポカンと口を開ける。長老ったら遊んでるのか?

「言っておくが、私は至って真剣だ。……あの者は私たち村の者と波長が同じだと思わないか?」

「えっ」

 そう言えばさっきから感じていた、妙な感覚。初対面なのに、すぐに村の仲間と打ち解けてしまった親密さ。まるで昔から其処に居たかのような自然さ。それらは疑問に思うのも忘れる程に当然のこととして彼の脳裏に焼き付いていた。

「それに我々の言葉が通じている、……兎も角普通の人間とは少し違うようだ」

 念を押すようにキャプテンも言う。成る程、そういうコトか──。

「けど、どうするつもりっすか? 掟じゃ何日も村には居られないコトになってるってのに」

「3日間」

 すぐさま長老は呟いた。

「3日を過ぎても必要性を感じなかったら、彼には出て行って貰う。……まぁ、それ以前に、出て行かなければ掟通りの処罰が下るだろうからな」

 再びホーンと戯れる人間を見る。──あいつが、ねぇ?

 こうして彼らは出遭ったのだった。




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