FIREの鼓動 第二部「トラウマ」

第8章 「黒歴史」


 その後ドンすけの練習を見ていたような、見ていなかったような──兎も角気が気で無かったのだ。もしかして自分は禁句を言ってしまったのではないか。だとすればホーンを傷つけてしまったことになる。此方の世界に来てからずっと世話になっている手前、どうにも心配で溜まらなかったのだ。

「……やっぱり、帰るか?」

 そんな様子を見かねたドンすけが練習を止め、ガーリィへと歩み寄った。

「ゴメン」

「……何で謝るんだよ」

「だって、僕の所為、なんだよね? さっきの──」

「………」

 思わずドンすけも黙る。他のメンバーたちの掛け声が遠くに聞こえた。

「……俺からも──言いたくねぇ、……詳しいコトはキャプテンに聞いてくれ」

 心なしかそう言ったドンすけも表情を曇らせているように見える。ひょっとすれば、さっきの言葉はドンすけにとっても禁句だったのかもしれない。いや、それどころか誰に聞いてもいけなかったことかもしれなかった。

「キャプテンなら、さっき先に帰ったから家に居ると思うぜ。……ほら」

「……うん」

 促され、ガーリィはその場を後にした。




(……此処、だったよね……)

 家を確認して、ドアをノックする。すると「どうぞ」という声が中から聞こえてきた。

「……キャプテン、ガーリィです」

「分かっている、早く入れ」

 ガチャリとドアを開けて中に入る。するとウィンは四つ足を折り畳み、優雅に座って此方を向いていた。

「……えっと」

 どうして良いか戸惑っていると「お前も其処に座れ」と言われ、慌ててその場に座り込む。と言っても、待てといわれた犬のような座り方だが。

「さっきの、コトだが」

 ウィンは切口上で話を切り出した。

「結論から言って、……あれは確かに禁句だった」

 ──ホーンはBTじゃないの? たったそれだけの言葉が、どうして傷つけてしまったのだろう。考えたって、分かることではなかった。

「実はな──ホーンはバトルが出来ないんだ」

「えっ……?」

 意外な言葉に思わず目を丸くする。

「そんな、だってこの前スピアーが襲ってきた時は戦ってたじゃないですか?」

 記憶違いで無ければ、確かあの時、ドンすけたちと同様にホーンも子どもの救出をしていた筈だった。それが何故──?

「いや、ホーンは戦ってはいない。……子どもを救出するだけで、何も反撃などしていなかった」

 そんなコトはどうでもいい、とウィンは付け足した。

「それよりも、お前には一つ知って貰わなければならないコトがある」

「……は?」

「ちょっとした昔話だ──ホーンのバトルが出来ない理由も、其処にある。……少しの間、黙って聞いていてくれないだろうか」

 差し迫った表情で見つめられ、ガーリィは有無を言わずに頷かされた。

「──今から8年前のコトだ」




「簡単に言えば、此処は戦場だった」

 ウィンは至って真顔で言う。ガーリィが「は?」と思わず疑問符を漏らした。

「ポケモン村同士が互いに戦いを起こし、次第に戦火は何十もあったポケモン村全体に広がった──勿論此処もだ。傷つけ合い、傷つき合い、戦争は留まるコトを知らなかった。……いつしか幾つかの村も消滅した」

「………」

 センソウ。あまりに重たいその言葉に、ガーリィは愕然とした。──こんな平和な村に?

「犠牲者の数はいざ知らず、……途方も無い程のポケモンたちがこの世から姿を消した。……家族も、友も、皆」

 ウィンは目を閉じつつも話を続けた。

「その犠牲者には、ドンすけやホーンの肉親や兄弟も含まれている」

 「えぁ」と声を漏らす。──そんなコト、今まで気にしたコトも無かった。

「無論、それは二人だけのコトでは無い。──そして誰もが限界に到達した時に、ようやく戦争は終結した。……皮肉なモノだ」

 フンと溜め息を吐く。

「結果、村は七つにまで激減した。沢山のポケモンたちも消えた。……私たちは、身体にだけでなく、心にも深い傷を負ってしまった」

「……それじゃ、ホーンのあの反応も」

 気がついたようにガーリィは呟いた。

「そうだ。……アイツは特に、母親と兄弟たちを目の前で失っている。その時以来、戦うコトに関して拒否反応──つまりトラウマが残ってしまったんだ」

「だから──」

 その先は要らなかった。結局ホーンがBTに属していないのは、そのトラウマがまだ消えていないから。バトルそのモノに関して拒否しているんじゃあ、どうしようも無い。

 「バトルのセンス自体は悪くないのだがな」とウィンは付け加えた。

「……悪いコトしちゃったんですね、僕」

 項垂れて下を向く。──人の気も知らないで。

 「いや」ウィンはすぐさま言った。

「お前はまだそのコトを知らなかったんだ、仕方あるまい」

「でも──」

 何だかやり切れなかった。──どんなに自分は悪くないと言われても。

「……ところでその、戦争って、何の為の戦争だったんですか? 領土争いか何か?」

 するとウィンは困ったように答えた。

「それがな、……実のトコロ、理由がハッキリしないのだ」

「……へ?」

「いつ、誰が、何の為に、戦争を起こしたのか──誰も分からないのだ」

 ──目的が、無い? ガーリィは思わず耳を疑った。

「え、じゃあ、そんな訳の分からない戦いで大勢が命を落としたって言うんですか?」

 ウィンは表情一つ変えずに言った。「悲しいが、それが現実なんだ」

 そんな不条理なコトってあるんだろうか。確かに自分が住む世界だって戦争は起こり続けている。でも理由が無いなんて、そんな馬鹿げた話は流石に聞いたことが無かった。

「……しかしな、その結果BTは誕生した」

「えっ?」

 あまりに飛んだ言葉に一瞬ついていけなくなる。「どういうコト、ですか?」

「──人間たちがオリンピックを作ったように、私たち生き残ったポケモンたちも、それと似たような大会を作り上げたのだ」

 あ、こっちの世界にもオリンピックってあったんだ。瞬間そんなことを考えたが、あまりに野暮な考えに自らを叱った。

「一年に一度、『ポケカップ』と呼ぶ、村対抗のバトル大会を開いている。──その為に集められたのが、我々BTなんだ」

「……成る程」

 納得出来たような、出来なかったような。何だか頭が疲れてきた。どうやらウィンは話が長いようだ。

「ちなみに我々の村は、過去全ての大会において3位以上の成績を残している」

 そしてようやくウィンは立ち上がった。

「その副キャプテンであるドンすけをサポートするというコトは──どういうコトだか分かるか?」

「……責任重大?」

 「違うな」ウィンは首を振った。

「何もお前にそんなコトは要求していない、──私は『可能性』に賭けているんだ」

「『可能性』?」

 どういう意味だろう。

「……つまりは成長に期待している、と言ったトコロだろうか。間違いなくアイツはまだまだ実力が伸びる、唯、その成長には──」

 チラリとガーリィの方を見やる。「第三者の目が必要なのではないか──とな」

 ──そっか、自らの再発見、ってコトか。理由を教えられると、何だか胸がスッキリした。

「……それじゃ、僕はドンすけの穴を埋めてあげるのが、その役目だと?」

 ウィンはしっかりと頷いた。「任せたぞ、サポーター」




(……とは言っても、なぁ……)

 ウィンの家を後にしたガーリィは、いつの間にか村の入口の方へと足を進めていた。夕暮れ色に染まる家々を後ろ目に、土の道を歩いていく。

 そしてピタリと足を止め、道のすぐ脇にあった二軒の家をそれとなく見やる。片方の家にはもう明かりがついていた。

 どんな言葉を、かければ良いんだろう。正直なところ、彼にはその場に相応しい言葉を見つけるのは難し過ぎた。自分の立場に置き換えれば良いのだろうが──それに見合った経験が、彼には全く無かった。いや、無かったと言えば嘘になるかもしれないが。

 その為彼は何も言わずに其処を通り過ぎようとした──が、その瞬間目の前に誰かが立っていた。

「あ……ホーン」

 思わず立ち止まって、お互い目を合わせたまま動かなくなる。暫くそんな状態が続いた後、ホーンの方から話を切り出した。

「もう、帰るの?」

 一瞬言葉に詰まる。「あっ、うん」

 「そっか」するとホーンはにっこり笑って言った。

「途中までついて行っても良い?」




 ガサガサと茂みを揺らし、二人は横に並んで森の中を歩いていた。夕日がもう、落ちかけている。

「……ホーン?」

 ガーリィの声に彼はピタリと立ち止まる。「……何?」

「あの、その、……さっきは、ゴメンね」

 そう言ったガーリィの目は、真っ直ぐと此方を見つめていた。

「……何でガーリィが謝るのさ」

 溜め息をふぅと吐く。

「そりゃ、だって僕が禁句を言っちゃったから──」

「良いのにさ」

 さらりと言い返すホーン。「……え?」

「悪いのは僕、君が謝るコトじゃないんだからさ。──聞いたんでしょ?」

「……うん」

 ガーリィは静かに頷いた。

「……僕自身、本当は嫌なんだ。今の自分が」

「………」

 そんなに辛いコトを、自分に話してくれているんだ。これは喜ぶべきことなのかもしれないと思いつつ、それでも。

「でも、怖いモノは、怖いんだ」

 ホーンの表情は何処か頑なで、それでいて、何かから目を逸らしているかのようだった。

「もう八年も、経っていても?」

「……うん」

「……そっか」

 これ以上は聞いてはいけない気がして、彼はまた歩き始める。つられてホーンも歩き出した。

 並んで歩く二人の間──すぐ隣に居る筈なのに、何故だかとても遠く感じられる。どうにも埋められないような、深い、見えない溝が、其処にはあった。事実彼にはその、村の過去を知ることは出来たとしても、その時失ったモノや砕かれた思いなどは──到底出来はしないのだ。

 それにこれはホーンだけでは無い。この村の皆が──表向きには出さずにせよ──その傷を背負って生きている。ウィンの言った通りなのだろう。つまり村に居るには、少なからずそのことを理解していかなければいけないのだ。

 もしかすると、これも自分の「使命」なのかもしれない、彼は思った。其処まで重たいモノではないにせよ──。

(……少しずつで……良いんだよね……)

 そんなことを思いながら、彼は帰る足取りを速めた。




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